2014年10月31日

twitter特別企画「ご主人様との真夏のでぇとぷらん ぷれぜん大会」SS公開

大変お待たせいたしました!
twitter特別企画「ご主人様との真夏のでぇとぷらん ぷれぜん大会」につきまして、
見事優勝を手にした卯月とご主人様のデートの模様を描いたSSがUPいたしました。
公開までに時間がかかってしまい、大変失礼いたしました!

続きを読むより、お楽しみくださいませ。

※ 掲載されている文章の無断転載は禁止しております。
  ご理解・ご協力をお願い申し上げます。

※ 本編ドラマCDのネタバレを一部含みます。
  この点、ご了承くださいませ。

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『水底にて』
          

文:望月柚枝


 洋服姿の卯月は、一見、高校生くらいだと思う。
 両手をポケットに突っこんで、信号を見上げている姿を見ていると余計にそう思う。
 下手をしたら年下に見える如月や師走の次に、彼は、彼と葉月は若い外見をしている気がする。

「どうかしたか」

 信号を見つめたまま、卯月が問いかけてきた。こちらを向いていないのに見つめていることに気づいたみたいだ。そういう敏感さは彼が戦場に生きた人だからだろうか。

「なんだ、言いたいことがあるなら言え」

 そう言われたので、ずっと疑問に思っていたことを、口に出して聞いてみた。月神は好きな年齢の姿をとれるようだけど、卯月は今何歳の外見なんだろう?

「俺は十代後半だ。葉月もそのくらいじゃないか」

 予想通りの答えに、それでも多少疑問がわく。
 男の人にとっての全盛期というか、一番バランスの良い年齢は二十代じゃないだろうか。実際、他の月神は大体二十代か三十代に見える。なのにどうして葉月と卯月は敢えて十代後半の姿をとっているんだろう。
 如月は以前、一番幸せだった頃の姿を取っていると言っていた。だとしたら、卯月も?

「……幸せとか不幸せとか、そういうことはあまり考えていない。大体、俺のこの姿は記憶のない頃からのものだ。記憶のない俺には姿は選べない」
 

 なら、無意識でその姿になったのかな?
 そう聞くと卯月は少し考えて、首を振った。

「たぶん、あの約束のせいだ」

 
 そこまで彼が言った時に、ちょうど信号が青に変わった。
 卯月はこちらが歩き出したのを確認してから、一緒に歩き出す。

「葉月との約束があったから、勝手にあいつと出会った頃の姿になったんだと思う。
 死んだ頃の姿でなかったのは……なんでだろうな。よくわからない」

 死んだ頃。
 その言葉に胸が軋んだ。
 月神の中でも特に卯月は、悲痛な最後を遂げている。それは、葉月も。
 
 義経と弁慶の伝説と、卯月と葉月、彼ら2人の物語は違う。
 伝説では、義経を庇って立ったまま無数の矢を受けて落命したはずの弁慶は、その主である義経に庇われて生き残ってしまい、長いこと彷徨って死んだ。
 卯月……義経を失った瞬間の葉月の絶望の深さ、自分を信じてついてきてくれた葉月を残して逝かなければならなかった卯月の無力感は、たった十数年生きただけの自分には想像に余る。
 その彼らを、できることなら今度こそ幸せにしてあげたい。
 ずっとそばにいて、一緒にいて、それから――――それから。
 

「駄目だ」

 
 唐突に言われてはっとした。何か暗い顔をしてしまっただろうか?
 せっかくの卯月とのお出かけなのに。

「駄目だ。車の側を歩くな」
 
 そう言って卯月は、こちらの手首を掴んで自分の左、歩道の内側に誘導した。

「お前はこっちを歩け。でないと危ない」

 卯月の駄目だ、は、どうやら自分の予測とは違ったようだ。
 こちらの頭の中の事が卯月にわかるはずもないから、当たり前だけど。
 前も卯月に車道の側を歩くなと言われたなと思い出して少し笑うと、卯月は首をかしげた。

「どうした? 何がおかしい」

 なんでもない。もう目の前だよ、そこが入口なの。
 指をさした先に目をやって、卯月は一瞬足を止める。
 多分、入口にあるエスカレーターに困惑したんだろう。
 卯月はエスカレーターが苦手で、どんなに高いビルでも階段を使ったほうが良いと断言する。
 でも今日の行先は3階までエスカレーターで行って、そのあとはエレベーターを使わないと行けない場所だ。

「……なぜ、道が動くんだ。納得できない」

 ぶつぶつ呟いている卯月に、後ろにいていいよ、と伝える。
 私の後ろにいて、鞄の紐か服の裾を掴んでいて。
 そうしたら、少しは安心できるだろうから。

「……わかった。そうする」

 卯月は素直にこちらの上着の裾を掴んで、後ろに並んだ。
 エスカレーターに乗り込んで肩越しに振り返ると、真顔でエスカレーターの足元をじっと見つめている卯月がいる。
 

「……これは、まだ乗るのか」

 3階までは。

「…………そうか」

 服の裾を握った手に、ぎゅっと力がこもった。

 水族館に来たのは、久しぶりだった。
 子供の頃、お父さんの仕事が休みの日に来たことがあるけど、理学療法士のお父さんと、看護師のお母さんの休みはなかなか合わなくて、その時はお母さんがいなかった。
 学校行事は絶対に2人で休みをとってくれていたから、優しい両親だとは思うし大好きだけど、お父さんと2人で水槽を見ながら、お母さんがここにいたらなあと思ったのを覚えている。
  
 大きな水槽に圧倒されたように黙り込み、隣で佇んでいる卯月は今何を考えているだろう?
 あの時の幼い自分のように、ここに2人しかいないことを寂しく思いもするんだろうか。

「……海を切り取ったみたいだ」

 そう呟いて卯月はまっすぐに腕を伸ばし、水槽に触れた。
 手のひら全体を水槽につけて、じっと泳ぎ回る魚の群れを眺めている。

「……綺麗なものだな……」

 この水槽、筒みたいな形で凄く大きいんだよ。
 だから魚が海の中を泳ぐように、回遊するんだって。
 四角い水槽だと、こんな風に滑らかには泳がないんだって。前に来た時にそう聞いたの。

 子供のころにお父さんからしてくれた説明を、卯月にしてみる。
 水槽を通して、蒼い光が卯月と私に降り注いでいる。

「主、お前はここに来たことがあるのか。誰とだ」

 水槽から目を離さず、卯月が問いかける。
 お父さんだよ、と答えると、そうか、と短い返事があった。

「なら、いい」
  

 ……もしかしてヤキモチなの?

「そうだ。俺は俺以外の奴とお前が行動をしているのは嫌だ」

 そう言われても……思わず口ごもってしまう。
 ヤキモチを焼かれるのは、戸惑ってしまうし困るし、どうしていいかわからなくて……なのにほんの少しだけ嬉しい。
 卯月の中の特別に、私がいるんだなと思えるから。
 でも月神は卯月1人ではなくて……幸せなことに、私には大事な人がたくさんいる。

「あれはなんだ、光っている」

 卯月が足を向けた先に、熱帯魚の水槽があった。
 キラキラ輝く小さな魚たちに、卯月は怪訝な顔をする。

「この魚は、作り物か? 電気でどうにかなっているのか」

 
 ……そうじゃなくて。 
 これはこういう魚なんだよ、と笑いを噛み殺しながら答える。
 卯月はしげしげとネオンテトラを見つめている。

「この魚は、水無月が好きそうだ。あいつは派手なものが好きだから。
 ……いや、そうとも限らないか」

 どういうこと?

「この間文房具を買いたいからついて来いと言われて、一緒に出かけたんだ。
 さぞ仰々しい物を買うんだろうと思ったら、まったく飾り気のない物ばかりを選んでいた。
 あいつは色々と不可解だ」

 確かに、水無月には二面性があるような気がする。
 綺麗なもの、可愛いもの、艶やかなものを愛でる女性的な側面と、
 政治や文化を語り、鋼のような意志を感じさせる、軍人のような側面が。
 ……実際に軍人だったわけだからそう感じて正しいのだろうけど、普段の水無月を見ていると、国会の中継を見ながら渋い顔をしている姿にどうにも違和感がある。

「これは何だ? 陶器か?」

 熱帯魚の次の水槽で、卯月が何かに見入っている。
 そこにいたのは鮮やかなピンクと黒の、小さな蛙だった。

 これも本物だよ、生きているの。毒があるから目立つ色をしてるんだよ。

 
「色を誰かが塗ったわけではないのか。
 ……世の中には変わった生き物がいるんだな。
 蛙と言えば霜月の式神のようなものだとばかり思い込んでいたが……
 霜月の蛙は、人懐こくて面白い」

 そう言えば、卯月の膝に霜月の蛙が乗っていたのを見たことがある。
 というか、霜月、神無月、卯月の3人は、ふとした時に3人でいることが多い気がする。

 
「霜月と神無月はそこにいても話をしないが、話をしなくても良いから楽でいい。
 俺がぼうっと庭を見ていたりすると、いつの間にか同じ部屋にいて黙って一緒に庭を眺めていたりする」

 そういう時、いつも卯月につきっきりの葉月はどうしているんだろう?

「葉月は茶を三人分置いて自分はどこかに行く。たぶん隣の部屋か廊下だろう」

 ……なるほど。そういうところは、ちゃんと従者なんだ。
 卯月のプライベートな時間は、邪魔をしないようにしてるのかな。

「ただそこにいるのが皐月や弥生だと、俺の分以外茶は出てこないが」

 …………。
 どうコメントしたらいいんだろう……

 そう思った時、

「っ!」

 足元の段差に躓いてしまった体を、卯月が引き留めてくれる。
 暗くて下が見えなかったけれど、よく見ればきちんと蛍光の文字で「段差にご注意ください」と書いてあった。

「気をつけろ、主」

 二の腕を掴んで引き留めてくれた卯月にお礼を言ったけれど、卯月は動かない。 
 腕を掴んだまま、何やら思案顔だ。 

「お前は軽いな。支えるのに苦がない」

 そう言って卯月は腕を離すと、今度はこちらの手を取った。

「繋ごう」

 転んだりして、危ないから?

「違う。ここなら煩く言う奴等がいないから」

 思わず笑って卯月の手を握り返す。卯月の手はあたたかい。
 月神は皆、力強くて大きな手をしている。
 私を守ってくれようとする、大事にしてくれようとする優しい手だ。 
  
 短い階段を下りると、今度は大きなカニやタコのブースだった。 
 蜘蛛のような脚をしたタカアシガニは、少しグロテスクだ。

「怖いか?」

 首を振ったけど、卯月は手を引いて奥に進んだ。
 ……もっと見ていても良かったのに。

「俺もあれは少し気味が悪い。山にいた大蜘蛛を思い出した」

 大蜘蛛?

「寺かどこかに宿を求めたとき、その天井に何かの影が横切って、
 葉月が様子を見に行ったら
 天井から七寸はありそうな蜘蛛がボトリと……
 あれは敵に夜襲を受けた時より驚いた」

 ……それは、驚いて当然だと思う。
 そういえばカニはクモやヤドカリに近いと聞いたことがあるけど、本当のところはどうなんだろう。
 あまり深く考えると、カニが食べられなくなりそうだ。

 水槽のトンネルを通り抜けて、大きな広場へ。
 屋外のその場所では、ペンギンが一列になって歩いていた。

「主、あれがペンギンか……?」

 ペンギンの列の一番先頭は、「イワトビペンギンさんお散歩中。手を触れないでね」というプラカードを掲げた飼育員さんが誘導している。よちよちした歩き方が、すごく可愛い。

「……あれで、鳥なのか。……羽があるのだから鳥か。
 いや、ヒレ……? 羽とは言えないような……
 それにずいぶんと生臭い。見た目は愛らしいのに……」

 お魚が主食だから、それは仕方ないかな。

「……それにしても、ずっしりした形だ。
 あれが大きくなると、キングペンギンになるんだろう?」

 ……はい?

 無言で卯月を見上げると、卯月はペンギンに目を向けたまま、しみじみ頷いて見せる。

「睦月が言っていたんだ。
 ペンギンは育つとキングペンギンになるらしいと。
 キングペンギンは俺の腿くらいまであると聞く。ずいぶん大きくなるのだな」

 …………睦月は卯月をからかったんだろうか。 

 ……多分違う。睦月も素でそう思っているんだろう。
 だとすると可能性としては、睦月がテレビか何かを見て勘違いしたか、睦月に嘘を教えてからかった誰かがいそうな気がする。

 ええと、私はペンギンには詳しくないんだけど、多分それは違って、あそこを歩いているのは成長した大人のペンギンで、それ以上大きくなることは……

「主、向こうに亀がいる」

 説明の途中で、卯月が道の向こうのブースを指差した。
 そこには大きな亀がいて、のっそりのっそり歩いている。
 ちょっと遠近がわからなくなるくらい大きな亀は、ガラパゴスゾウガメというらしい。ガラパゴス、と名前が付くと、それだけで多少変わった形でも納得できてしまうから不思議だ。

 ……浦島太郎が乗った亀って、こんな感じかな。
 でも、気を付けないと甲羅がまるくて落ちちゃいそう。

 聞こえないように呟いたのに耳に届いたのか、卯月がこちらを振り向いた。

「……何を言っている。あれは作り話だろう」

 珍しく卯月に呆れたように言われて、思わず黙った。
 卯月にこんな風に言われたのは、初めてかもしれない。

 卯月の時代にも、浦島太郎のお話ってあったんだ。
 古いお話なんだね。

「……如月や文月も知っていたから、かなり昔からある話だと思う。
 如月は、古い話でなくとも知っているとは思うが」

 ……文月って、自分もおとぎ話の主人公なんだよね。
 そう考えるとなんだか不思議だな。
 どういう流れで金太郎が浦島太郎の話をしたんだろう。

「文月が池に釣りに行ったら、亀に懐かれたとかで、そこからだな」

 ……亀に懐かれ……?

「亀が餌をねだりに来て、文月の膝に上がろうとしたらしい。
 果たせず転がり落ちたそうで、哀れだったから魚の餌を分けてやったと言っていた。
 それで、恩返しに竜宮城には連れて行ってもらわなかったのか、と長月がふざけて言い出したんだ。文月は獣に好かれるタチだな」

 金太郎はクマやウサギやキツネ、山の生き物を従えて山を歩いていたらしいから、それはきっとこういうことなんだろね。

「……俺の頃は金太郎がどうこうというより頼光四天王として有名だった。
 俺と文月は、あまり生きていた時代が変わらないから、伝え聞く逸話も生々しかったな」
 
 ええと……それぞれが生きた時代ってどうなっていたんだっけ。

「……順番でいうと、師走が一番最初で、その後皐月、如月、睦月、文月、霜月が大体同じ頃だと思う。
 なんといったか……その……なんとか時代の……」

  
 平安時代?

「そうだ、それだ。奴等は大体その時代の生まれなんだ。
 そして次が俺と葉月で、あとはよくわからない」

 多分、江戸時代が弥生と長月、それから神無月で、最後が水無月。
 ……生きた時代が違うと、話が合わなかったりする?

「それはない。師走や水無月を除けば、あとは生きて死んだ時代の生活にあまり違いはないようだから」

 確かに時代に急激な変化があったのは、産業革命が起きてからだ。
 それまでは電気も水道もないのだから、たとえ千年生きた時代が違っていようと、人々の営みに大きな違いはないのかもしれない。

「師走の頃はさすがに想像もつかない世界だから、よくわからないが……話が合わないということはないな。2人で昼飯を食べに出かけたりもする」

 ……そう言えば師走と卯月は、一緒に駅前のカレースタンドで温泉卵のカレーを食べに行ったりしていたことがあったような……。
 2人で出歩いている場面を目にしたことはないけど、想像するとなんだか微笑ましい。

「あと、俺によく声をかけてくるのは如月か。色々教えてくれて助かる。
 まだわからないことが多いんだ」

 パソコンの使い方も、如月に習ってたね。葉月には習わないんだ?
 
「以前習ったことがあったが、葉月と俺だと言い争いになる」

 ……そうだね、そうかもしれない。
 でも、卯月を気にかけているから小言が多くなるんじゃないかな。

 話しながらまた屋内の、最初に観たサメと小魚の回遊する水槽の前に来た時、卯月が急に手を引っ張った。私を壁の方に押しやる。

「そこに台車が通る。避けた方がいい」

 卯月の背に庇われてその向こうを覗くと、確かにたくさん荷物を積んだ台車が横切っていくところだった。
 今日はテスト休みを利用したおでかけで、平日だからお客さんも少ない。そのせいで清掃作業の日に当たってしまったのか、さっきから頻繁に飼育員の人や掃除の人を見かける。
 
 庇ってくれてありがとう。
 そう伝えると、卯月は少しだけ体を離した。

「従者が主に気をまわすのは当たり前だ。
 そうでなくとも、俺はお前が好きだから大事にしたい」

 ……卯月の言葉はいつもストレートで。
 嘘がなくて裏表がなくて、思ったことを伝えるのに場所や時間にこだわらない。
 
 だから卯月に対するときはいつも真摯でいなければならない。
 人は生きていれば、どうでもいい嘘をついたり、悪意がなくても良くない行動をとることがあるけど、そういうことは卯月の前ではできない。
 まっすぐな卯月だから、私もまっすぐでいなければ。

 ありがとう、卯月。私も卯月が大切だよ。

「……だが、お前の言う大切は、他の月神に言うのと同じ重さだ。
 今日もお前は、俺といるのに他の月神の話をよくしている。
 それはなぜだ。お前はここに俺しかいないのが面白くないのか」

 淀みなく言われて、一瞬言葉に詰まった。
 確かにそれは配慮に欠けていた。卯月が気を悪くするのも仕方がない。でも。

 違うよ、卯月しかいないのが嫌だなんて思ってない。
 ただ、心配だったから……

 卯月の目を見て答えようとすると、自然と繋いだ手に力が籠った。

 記憶がなかった卯月がどんな風にしているのか、悲しいことはないか、辛いことはないか、月神たちと仲良くできているか、皆とどう接しているのか――――
 それが心配だから、気になったから、卯月の視線で毎日の生活の事や他の月神の事を聞いて安心していたの。嬉しかったの、卯月が皆と仲が良くて。
 でも、それは言わないとわからないことだったね。ごめんなさい。

 
「…………」

 卯月は一瞬黙り、そして強く手を引いた。
 よろめいた私の体を、卯月が抱き締める。
 強く引き寄せられたせいで、少し爪先立ちになる。卯月の胸に顔が当たった。他に人もいるのに、と思ったけれど声が出ない。抱き締められた腕に力が籠る。
 卯月の肩の後ろを、綺麗な流線型の魚がゆっくりと泳いで行く。

「……お前が好きだ」

 ……どうして。
 どうしてこんなに、卯月は私を好きになってくれたんだろう。

「お前はまるで、俺の母や姉や妹のようだ。
 それでいてどうしようもないくらい弱くて、小さくて……いつだって懸命で、精一杯努力をしてる。皆が笑っていられるように、皆が……幸せでいられるように。
 俺はそのお前を支えてやりたい。お前の重荷を背負ってやりたい。
 ……それは、無理なのか?」

 重荷。
 はっとして卯月を振り仰ぐ。卯月のまっすぐな視線に、どこか影があった。

「お前がずっと何かを考えているのは知っている。
 そして恐らく、それが俺たちにとってあまり良いことではないのも。
 ……細かいことは知らないが、お前の挙動を見ていればそのくらいわかる。 
 それは俺には話してもらえないことなのか」

 ……言えない。
 ごめんなさい。言えない。
 どうしても……どうしても、今はまだ。

「俺はお前を少しでも楽にしてやりたい。……俺は、お前の役には立たないのか」

 違う、そうじゃない。ただ、幸せだったから……
 卯月や他の皆と出会えて、楽しくて、本当は今まで私は寂しかったんだって気づいて、気づくことができて、この毎日が幸せだったから。 
 だから、まだあと少しだけ、この幸せを手放さずにいたいの。終わりを見たくない。

「……主」

 
 ……もう少しだけ時間が欲しい。
 何を聞かれてもどう問われても、今すぐに答えは出せない。だから――――
 

「…………」

 卯月の手の力が緩んで、すとんと踵が地面についた。
 手を伸ばして卯月の頬、鮮やかな藤の模様に触れる。

 ……ありがとう、卯月。
 一緒に重荷を背負ってくれるって言ってくれて、悩んでいることに気が付いてくれて嬉しいよ。

 
「……ずるいな」

 卯月は彼にしては珍しく目を逸らして、息を吐いた。

「そんな風に目を見て言われると、言葉が頭に残らない」

 ……え。

「一応、耳には入ったが、聞こえなかったことにしておく」

 
 ……それは気遣いなのか本気なのか、どっちなのかよくわからない。
 でも、多分気遣いなんだろうと思う。
 私の今の言葉は、少し重すぎるから。

「……それに」

 それに?

「あれ以上くっついていると、他の連中に止められた行為に及びそうだ」

 ……『止められた行為』?

「今日の『デート』に出るにあたって、いくつか条件が出されたんだ。
 その中の1つを破りそうになった」

 あの、だからその内容は……?

「あまり人前で口に出すようなことじゃないんだが、いいのか?」
 
 ……………………。

「破ったところで咎められる程度だから構わないんだが、俺が何かすれば他の連中も今後遠慮なく仕掛けると言っているから、下手な真似ができない。
 どうせそのあたりに陰陽師2人の式神がうろついているだろうしな」

 …………………………………………。

 黙り込んだ私に、卯月が手を差し出した。

「主、向こうに行こう。あっちには海の底の生き物がいるらしい」

 ……手を繋ぐのは、そのデートの条件に抵触しないの?

「するが、このくらいは他の奴等だって言えた義理じゃないだろう」

 そう言って卯月は私の手を強く握った。

「まだ一日は長い。
 今日の夜までは、お前の従者は俺1人だ」

【終】

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(C)MARINE ENTERTAINMENT
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posted by こいこい担当A at 15:20| 企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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