2013年12月25日

クリスマス小説『聖誕祭』

メリークリスマス!
月神たちとご主人様はどのような聖誕祭をすごすのでしょうか?
ニギヤカでほっこりあたたかい、12月25日の一幕をお楽しみください。

xmas2013.jpg

※ 掲載されている文章の無断転載は禁止しております。
  ご理解・ご協力をお願い申し上げます。



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戀々 現鑑クリスマスSS
『聖誕祭』

文:望月柚枝


ベッドが、やけに狭い気がする。

もともとシングルで、決して広いベッドではなかったけれど、それにしても狭い。
でも、とても温かかった。なにかもこもことした温かいものが、肩のあたりから下にある。
ベッドを狭くしているのはそれが原因かもしれないと思ったけれど、
まだ微睡んでいる頭は、特に疑問を抱かない。そのままその温かい何かに腕を回してみると
さらりとした感触が指先をくすぐった。どうやらこれは髪の毛のようだ。自分の髪は、
手を伸ばした先まで届くほど長かったかな、と一瞬思う。

「そろそろ起きた方がいいんじゃないかな、ご主人様。
 これ以上気持ちよさそうに寝てると、俺も何かしたくなっちゃうしさ」

少し離れた場所から、低い声がした。
その声で意識が急速に浮上する。ぱち、と目を開けると、部屋のドアが目に入った。
ドアは半分くらい開かれていて、見覚えのある青年が壁にもたれるようにして立っている。
そのブルゾン姿の青年が、皐月だと理解するのに少し時間がかかった。
 
普段、皐月は自分の部屋にはあまり足を踏み入れないし、朝起こしに来ることもしない。
なぜなら皐月は他の月神たちから、主である自分の部屋に立ち入るなと
きつく言い渡されているからで、それは弥生と霜月も同じだったりする。

なのに、その皐月が起こしに来たのはなぜだろう? 
そう思って首を傾げると、皐月は少しだけ笑った。

「今日は他の連中がバタバタしてるから、出し抜いてみたんだ。
 ……いや、でも、出し抜けてはないのかな。
 君の隣に奴が寝てるから、俺が君の所に行っても何もできないと
 皆に思われてるのかも」

隣に?

意味がわからないまま毛布をめくると、そこには、

「なんじゃ主の娘ー……寒いではないかー……」

なぜかサンタコスチュームに身を包んだ師走が、堂々と添い寝していた。

「んー? なぜそんな顔をする……?
 24日の夜には『サンタクロース』が来るものじゃろう……?」

欠伸をした師走に、なんと答えたものか悩んでいると、皐月が代わりに答えてくれた。

「来るけど、プレゼント置いて帰るだけだから」
「何? つれない奴じゃのう……」

まだ眠いのか、師走は目をこすっている。
起き上がりかけて眠気に負けたようで
再び倒れこむようにシーツに横顔をうずめた。

「ぬー……起きれぬ……。
 そなたのベッドに入り込む隙を窺って、一晩中起きていたのが敗因かのう……
 まだわしも未熟……。
 すまぬ、主の娘。今しばし寝かせてたもれ……」

言い終わる頃にはもう寝息を立てていた。
眠ってしまうと、師走の顔は随分と幼い。
柔らかそうな髪が師走の頬にまとわりついていたので、そっと指で払った。
さっきベッドの中で自分が触ったのは、きっとこの師走の髪だ。

「…………」

眠りに落ちてしまった師走とパジャマ姿の自分を見比べて、
皐月が深くため息をついた。ひどく残念そうな、悩ましいため息だ。

「……そうやって寝てるとこだけ見てると、
 ご主人様と師走の組み合わせってのは凄く可愛いんだけどなあ……
 師走は中身が師走だからなぁ……」

と、ややこしい事を呟いてから、皐月は顔を上げた。

「……俺もそろそろ出かける時間だし、着替えて下においでよ、ご主人様。
 水無月が君を待ってるんだ。
 ……で、その水無月から伝言。
 この間一緒に出掛けたときに買ったニットのワンピースを着て、
 顔を洗ってから和室へおいで、だそうだよ」


****


寝ている師走のためにエアコンをつけて階下に降りると、
足音に気付いたのか、水無月が和室から顔を出した。

「おはよう、姫。今日はずいぶんと寝坊助だったね」

そう言って笑った水無月は、手に大きな四角いバッグを持っている。
なんだろう、と思って見つめると、水無月はそのバッグを持ち上げて見せてくれる。

「これはね、コスメボックスだよ。
 高校生でも使ってる子いると思うけど、姫はあまり見たことないかい?」

言いながら、和室の座卓にその中身を広げていく。
化粧水、乳液、美容液、パウダー、ファンデーション、
アイライン、アイブロウ……
自分の母親が使っている化粧品は見たことがあるけど、
1つ1つのパッケージが母が使っているものよりずっと綺麗で、
きらきらしているようなような気がする。

「今日は特別な日だから、腕によりをかけて可愛くしてあげる。
 姫はまだ若いから、あんまりベタベタ塗るのはやめよう。
 その分、髪は凝ろうかね、巻いてみたらかなり印象が変わると思うよ」

水無月は手際よくこちらの髪をとかし、まとめて、慣れた手つきで巻いていく。
前髪を流してピンで留め、白いふわふわした髪飾りで飾られる。
時折髪を整えてもらったことはあるものの、
ここまで本腰を入れてしてもらうのは初めてで、
水無月はいつもこうやって身支度をしていたんだな、と、変に納得した。

「ああ、やっぱりこうするとすごく可愛い」

囁いた水無月の手が、後ろから頬を包んだ。
優しく鏡の方に向けられて、少しドキドキしながら鏡をのぞきこんでみる。

「どうだい、自分じゃないみたいだろう?
 女の子ってのはね、髪形ひとつで別人になれるんだよ。
 今日の姫は、本物のお姫様みたいじゃないか」

水無月の言う通り、鏡の中の自分はまるで別人のようで、
驚いていいのか喜んでいいのかよくわからない。
でも褒めてもらえたのは嬉しかったので、そうお礼を言うと
水無月は笑いながら最後の仕上げと、香水を一吹きしてくれた。

「さあ、これで準備はよし。……と言っても、まだ始まるには時間かかりそうだね。
 姫は先に軽く朝ごはんを食べておいで。霜月が用意してくれているからね」


****


キッチンに向かおうとすると、足元を緑の何かがよぎった。
立ち止まる足先に、こちらを見上げている蛙が一匹。

「ゲコ」

その小さな蛙が何を言っているかはわからないけれど、蛙が自分を導くように
廊下を進みだしたので、あとについていくことにする。
蛙は廊下を横切り、庭に繋がる窓の方へ近寄った。

窓の向こうに人影がある。その人影がこちらに気付いて、
向こう側から窓を開けた。蛙の主である、霜月だ。

蛙はぴょんと跳ね、霜月の肩によじ登りかけるが、
その途中で慌てたように部屋の中に戻ってしまった。
カーテンの影で蹲っている。

「そやつは寒さが苦手なのだ。蛙だからな」

言われてみれば、蛙は冬眠をする生き物だった。
蛙に、私の部屋は暖かいから、行っておいでと伝えると、
ゲコとひとつ鳴いて跳ね去った。
後姿が妙に可愛い。

霜月はと言えば、窓を開けた手をそのままに、黙ってこちらを見つめていた。
沈黙が気まずさに変わる直前、霜月はふっと息を吐く。

「……驚いた。それは、水無月が?」

何を言われたのか最初はわからなかったが、
水無月が整えてくれた髪と薄化粧の事を言っているらしいと気づき、頷いた。
霜月は手を伸ばして、庭に降りるようこちらを促す。

「そうか。……これは、予想外だった。
 水無月のことだから、さぞ派手派手しくするだろうと思っていたのに」

部屋の中の自分と、庭に降りている霜月と。

その段差分で目線が合っていたのに、自分も庭に降りてしまうと、
霜月を見上げなくては表情が見えなくなる。
月神たちは背が高い者が多くて
彼らの中にいると自分は小さ過ぎるとよく思う。
話をするのすら見上げなくてはいけないなんて、少し不便だ。

「……触れても良いか、主の娘」

え、と思う間もなく、霜月の手がこちらの髪に触れた。
緩やかに巻いた部分に、ほんの少しだけ指を絡ませる。

「……これは、どうやってこんな風に癖をつけたのだ?
 面白いものだな。……それに、頬も」

霜月はそのまま指の背で頬を撫でた。少しくすぐったくて、思わず肩を竦める。

「淡い、きれいな頬紅だ。香もつけているようだな、良い香りがする。
 香を聞くのは得意な方だが、……私の知らない香りだ。今しばし、こちらに……」
「はいストップー、ご主人様が可愛いからって堂々とエロ行為するの禁止ー」

と。
その場に割って入ったのは、如月だった。
開けっ放しになっていた窓から、庭に出てくる。

「まったく、これだから平安貴族は。セクハラが日常なんだから困るよ。
 時代が違うんだから、もう少し自重してもらわないとさー」
「……そなたも平安の生まれであろうが。
 それに確か、皐月……業平と2人、
 あまりよくない遊びをしていたという逸話もあったと思うが」
「生前の僕と今の僕は別人ですー。生前は人だけど今は神様ですー。
 なのでその頃の悪い遊びは僕がしたんじゃありませんー」
「屁理屈だな」
「現実的に、今問題行為をしているのは僕じゃなくて霜月だし。
 ご主人様もさ、霜月が不用意に触ってきたら怒っていいよ。
 霜月は皐月みたいに下心が見えにくいけど、ちゃんとあるから。男だから」
「…………」
「ていうかいいからその手離しなよ。それに朝ごはんちょうだい。
 リビングの掃除したらお腹空いちゃった」

霜月は少し名残惜しげに手をおろすと、その背後の大きなかまどの上の鍋に向き直った。
鍋の横には庭用の小さなベンチが出してあり、そこにはお椀がいくつか乗っている。

「今日は神無月の手が空かないので、私が皆の朝食を作ったのだ。
 三つ葉と卵の雑炊だが……そなたらは三つ葉は苦手ではなかったな?」

そう問われ、頷く。霜月が鍋の蓋を開けると、良い香りがふわりと漂った。

「でも庭のかまどで料理ってのもさー。
 霜月もいい加減家電の使い方覚えなよ。不便じゃない?」
「……確かにそろそろテレビの消し方くらいは知るべきだろうが、今はまだ良い。
 それに、今日は炊事場は神無月が占領している。だからかまどを使ったのだ」
「あ、そう言われてみればそっか」

霜月から雑炊の入ったお椀を受け取った如月は縁側に腰を下ろし、
ちょいちょい、とこちらを招いた。
同じように雑炊のお椀を貰って隣に座ると、嬉しそうに笑う。

「言うの遅れたけど、おはよ、ご主人様。
 今日の君、いつも以上に可愛いね。そのニット新しいやつ?
 だよね、見覚えないから。良く似合ってるよ」

如月の言葉が、少し恥ずかしい。
ニットは水無月が買ってくれたもので、取り立てて飾り気はないものの、
真っ白でとにかくふわふわしていて柔らかい。

「なんだか雪うさぎみたいだね。でも、今日にはぴったりだ」

と、門が開く物音がした。霜月が振り返り、如月が視線を門の方に向ける。
そこに。

「霜月、そこどけ、つーか頭下げろ!」

という声とともに、にょきっと中庭に入ってきたのは一本の木だった。
先端部分をこちらに向けて、横倒しになった姿は大きな矢印のようだ。

「っ……! なんだこれは」

霜月が一歩下がり、その空いたスペースにまっすぐ木が突っ込んできて、止まった。
それがぐるんっと90度回転し、今度は直立して地面に突き立つ。
高さ数メートルはあろう木の重量を感じさせない、冗談のような動きだった。

「はー、やっと着いたぜ……!」

意気揚々と言ったのは文月で、腕に抱えていた木の幹から手を離し立ち上がると、
音を立てて両手を払った。

「メシ作る邪魔して悪かったな、霜月。ここしか空いてる場所なくてよ」
「……構わんが……木?」
「文月、これって……」

縁側からの如月の声に、文月が振り向く。
いい仕事をしたー、とでも言うようなすっきりした爽やかな表情をしている。

「弥生と山行って掘り返して来たんだ。
 ツリーってなこのモミの木を使…………………………」
「文月?」

振り向いた文月が、その表情のまま顔色だけが変わっていく。
――――赤く。

「……ちょっと、文月」
「……ウサギ?」
「へ?」
「なんだそれ……なんだそれ、お嬢……!
くっそ可愛いな……! まるでウサギじゃねえか……!」

そう叫んで、顔の下半分を腕で隠した文月に、如月が呆れたようにため息をついた。

「あのさー文月、そうやっていちいち反応しすぎ。
あと最初にウサギって言ったの僕だから。主張しておくから!
……で、もう1人のツリー担当の弥生はどうしたの?」
「どうしたご主人、白いな」
「あ、弥生」

文月の後を追うようにして、大きな植木鉢を抱えた弥生が庭に現れた。
まっすぐこちらの前まで歩いてきて、いっそ無遠慮にも思えるほど近くで
じろじろと見下ろす。
その視線にほんの少し居心地が悪いけれど、弥生はそういう、
何をするにも堂々と自分のしたいようにする人だとわかっているから、
その視線をどうにか受け止めて弥生を見上げた。

「悪くねえな。つーか、いいなそれ。下は生脚か?」

言いながら、ごく自然に手を伸ばしてきた。
そしてその手が足に触れる直前に、

「はい弥生イエローカード!」

ばしっ、と如月が弥生の手を払いのけた。

「なんだよ如月、なんか履いてんのか確認しようとしただけじゃねえか」
「確認したかったら聞けばいいでしょ。ていうか見ればわかるし」
「ストッキングだとわかんねえんだよ、見慣れてねえから。
 んじゃせめてもっと近くで見せろ」
「あっ、イエローカード二枚目! あと一枚で退場だから」

などと騒ぐ2人の後ろで、

「生脚……生脚って……」
「今更動じるようなことでもなかろう。
 主の娘は、普段から膝から下を出している。夏場などは特に」
「ば、ばかやろー! いつもはもちっと服の丈が長いだろ!?
 今日は膝上5寸状態じゃねえか……!
 くそ、意識してなかったのに弥生のせいで、余計直視できねえ……!」

うめく文月に、霜月が若干引いているのが見えた。

如月は縁側から降りると、弥生が抱えた植木鉢を覗き込む。
中にはどうやらツリー用のオーナメントが詰め込んであるようだ。

「これ置物とかじゃなくて、本物の植木鉢だね。大きいなぁ」
「ホームセンターに売ってる一番でけえの買ってきたんだ。なにせ木がアレだからな」

文月の方に弥生が顎をしゃくると、文月は気を取り直したように
大きな木に片手をかけた。如月もその隣に並んで、しげしげと木を見上げる。

「ツリー用にゃちょうどいいだろ?」
「大変だったよな、山がひでえ急斜面で」
「まったくだ。でもいい木があって良かったぜ。
 これならツリーにゃ充分だろ」
「いいけど、これモミじゃないよ」

如月の言葉に、文月と弥生、2人が固まった。

「な」
「え」
「これはモミじゃなくてツガの木。
 似てるからよく間違えられるんだよね」
「どう見てもモミの木じゃねえか!」
「葉っぱの先っぽが丸いでしょ。これはツガの木の特徴だよ。
 まあ区別自体つく人が少ないと思うし、別にいいんじゃないの、ツガの木でも」

その話を聞きつつ、少し不安になってくる。
山には所有者がいるはずで、
その山から勝手に木を伐ってくるのは犯罪ではなかっただろうか?

そう疑問を口にすると、如月が振り向いて笑った。

「大丈夫だよー、ちゃんと所有者の許可取ってるから。
 商店街の端っこの田辺さんっておじーちゃん知ってる? そのおじーちゃんと僕
 茶飲み友達なんだけど、この木はそのおじーちゃんの持ってる土地から
 借りさせてもらったんだ。
 26日になったらちゃんと植えなおすって約束でね。
 法に触れないようその辺はきちんとしてます。なんたって僕がついてるからね」


****


ツリーの飾りつけを始めた4人の邪魔をしないように室内に戻ると、
家の中には美味しそうな匂いが漂っていた。
霜月の雑炊は和風の出汁と三つ葉の良い香りがしていたけれど、
これはどうやらトマト系の、洋風の煮込み料理の匂いだ。

その匂いに誘われ、キッチンを覗き込む。
そこでは神無月が、絵を描く時のような真剣さで、大鍋に向かっていた。

「……っ、君か」

こちらに気付いた神無月は、顔を上げて息を吐いた。
いささか疲れているようにも見えて、心配になる。
月神は怪我や病気をしないけれど、疲労はするのだから。

「今日の料理を作っていたんだ。しかしさすがに13人分だから、なかなか終わらない。
 水無月たちが手が空けば手伝ってくれるとは言っているのだが」

手伝おうか?と声をかけると、神無月は黙って首を振った。

「駄目だ。君は何もする必要がない。……と、言うより、しないで欲しい。
 ……せっかく、そんな……愛らしい恰好をしているのだから、
 料理の手伝いなどさせてしまって、君が汚れたら嫌だ」 

後半、ぼそぼそと消え入りそうに呟いた神無月の頬が赤いように見えるのは、
気のせいだろうか?

テーブルを見ると、すでに美味しそうなシーザーサラダがラップをかけて置いてあり、
オーブンの中では大きなターキーが焼かれている。
江戸時代に生きたはずの神無月が、この日にふさわしいレシピを
わざわざ調べたのかと、思わず感心してしまう。

「メニューは、サラダと、ターキーと、ラザニアと、ホタテのマリネと、カナッペと……
 あとは、定番のオムライスとシチューだ。
 リビングのテーブルには置ききれないだろうから、
 和室を使おうと思っている。二間続きだから、なんとかなるだろう。
 ……ケーキに関しては、今回は手が回らなかった。だから悪いが、既製品になる。
 そっちは今頃皐月が受け取っているはずだ。二段のホールケーキだそうだ。
 ……それと、机の上に君のご両親から書き置きがあった。
 遅くなるが、夜には戻るらしい。
 だから今日のパーティーは昼だ。1時くらいから始まると思う」

神無月と時間を過ごしてわかったことは、
彼は普段は言葉が少ないのに、照れていたり緊張していると極端に言葉が増える。
これ以上動揺させて、神無月が料理を失敗してもなんなので
楽しみにしてるね、とだけ声をかけてその場を離れた。

……和室の方でしている物音がさっきから気になっていた。
そして時折聞こえてくる悲鳴も。

襖を開けて和室に脚を踏み入れると、隣に置いてある梯子から落ちたのか
睦月が畳の上に転がっていた。
しかも水無月が睦月の下敷きになっている。

「ちょっと睦月……!!
 なんであたしを下敷きにするんだい!?
 ああもう、あんたのせいで髪がぐしゃぐしゃだよ!」
「すみませんすみません、ごめんなさい……!」

和室の壁には、張りかけの紙のリボン。
小学校のイベントでよくこういうの見たなあ、と、懐かしい気持ちになった。
睦月に手を差し伸べ、引っ張り起こすと
睦月は何度も頭を下げて謝罪の言葉を口にする。

「ありがとうございます、ご主人様……!
 私も私の式も、細かい作業が苦手で、今日はどこを手伝おうとしても
 迷惑がられてしまって」
「そりゃ当然だろ。ただ部屋を飾るのだってこの始末なんだしさ」
「…………申し訳ありません…………うう」

目に見えて落ち込んだ睦月に、どう声をかけたものか迷った時
玄関のドアが開く音がした。
開けっ放しの襖の向こうを振り返ると、
玄関前の廊下から葉月が入ってきたところだった。
せっかくなので、葉月を出迎えようとリビングに向かう。

おかえりなさい、どこに行ってたの?

そう声をかけると、こちらに気付いた葉月は、一瞬動きを止める。
短い沈黙。そして、

「……雪ウサギ……」

小さく葉月が呟いた。真顔のままで止まっている。
これは葉月の、愛玩動物を見たときの反応だ。真顔でじっと見つめる癖がある。
多分そのせいで、構いたい相手には逃げられてしまうのだろうけど。

髪の毛、水無月がしてくれたんだよ、と言いかけた時、
葉月がはっと我に返った様子で玄関の方を振り返った。

「来てはなりません、卯月!」

どういう理由か、静止の言葉を葉月は口にする。
けれど、すでにその時には卯月はドアの向こうに姿を見せていた。
卯月の腕にはリボンのかかった大きな袋が……。

「なんだ葉月、何が――――、」

その卯月も、こちらに気付いて言葉を失う。

「……おまえ、どうした。今日はいつもと違う。
 いつもは可愛いという感じだが、今日は可愛らしいという感じだ」
「違いがわかりません、卯月。
 ――――そうではなく! 
 姫にそれを見られてしまったではありませんか……!」
「…………あ」

卯月は腕の中を見下ろし、とっさに一歩下がって玄関に戻ろうとするも、
後ろから来た長月にぶつかって足を止めた。
葉月が舌打ち一歩手前の表情を浮かべる。

「今更です、卯月!
 だから来てはならぬと止めたのに……!
 贈り物はギリギリまで隠しておくと言う話だったでしょう……!?」
「こいつが居間にいるとはっきりいわなかったお前が悪い!
 そのための斥候だろう……!」
「その斥候のすぐ後ろをついてきていたのでは、斥候の意味がありませんよ!
 大体、この愛らしい姿の姫を見て思考停止するのは当然のことで、
 俺の責任ではありません!」
「敵の先制攻撃を見越しておかずに何とする、壇ノ浦を忘れたか!」

言い合う2人の頭に、わしっと大きな手が乗せられた。
頭を掴んで半ば無理やり引き離したのは、長月だった。

「はいそこまでー、お餓鬼様たちは大人しくしようね」
「無礼な、手を離せ……!」
「長月、俺は子供じゃない」

卯月と葉月、それぞれに噛みつかれ、長月は目を眇める。

「好きな女の子前にして喧嘩をはじめちゃうあたりは充分にお餓鬼様。
 ご主人様に毎回仲裁させるの、格好悪いよ?
 まったく、月神は死んだ年齢で精神の成長が止まっちゃうのかね。
 にしてもひどいけど」
「っ……」
「…………」

手厳しく言われ、2人は黙り込む。その2人の頭から手を離すと、
長月は卯月の肩をポンと叩いた。

「はいじゃあ予定通り、そのプレゼントは納戸に隠してくること。
 見つかっちゃったけど、そういう予定だったからね」
「…………わかった」
「…………姫、では、また後程」

何か言いたげな2人は、それでも分が悪いと悟ったのか渋々部屋を出ていく。
その背を見送って、長月は両腕を上げて背伸びをした。

「あーもう、お目付け役は疲れるね。
 あの2人だけじゃプレゼント買えないだろうからついてったんだけど
 ずっとあの調子だったよ。
 ほんとに、仲が良すぎて困るってあのことだなぁ」

長月は腕をおろすと、こちらを見て軽く首を傾げた。

「その服は初めて見るね。真っ白で可愛いなあ。本当に白うさぎみたいだ。
 僕はウサギを特別可愛いと思ったことはないんだけど、
 今日の君はすごく愛らしいよ」

まあいつも可愛いんだけど、と付け加えた長月に、顔が赤くなる。
正面から褒められた時の正しい反応は、まだわからない。
もっと大人になればわかるんだろうか?

「……ご主人様」

後ろから半泣きの声がして、振り返ると睦月がしゅんとした顔で立っていた。

「どうしたの睦月?」

長月が問いかけると、睦月は深いため息を漏らす。
その息に込められた悲哀は妙に重い。

「……役に立たないからと、水無月に追い出されました……。
 皆がご主人様のためにクリスマスパーティの準備をしているのに、
 どうして私はこうなのでしょう……」

睦月はリビングのカーペットの上に膝をついた。
正座をして、うつむく。肩のあたりに哀愁が漂っている。

「私とて、ご主人様の役に立ちたいと願っておりますのに……
 いつも私だけ何もできないのです。
 本当に役立たずで……申し訳ありません……」

その声があまりに悲しげで、睦月の前に同じように膝をついた。
驚いて顔を上げた睦月と目が合う。

睦月はとても綺麗な目をしている。
いついかなる時も淀みのない、迷いのない、まっすぐな瞳だ。

睦月、と、彼に微笑む。


―――睦月が戀札の術を行ってくれたから、私は皆に会えた。
   睦月が皆を集めてくれたんだよ。 
   私を、皆に会わせてくれたんだよ。

   だから何もできなかったなんてことない。
   こうして皆といられて、本当に嬉しい。ありがとう、睦月。


……本当は、わかってる。
戀札の術が、完全な善とは言えないことも。
睦月のまっすぐで綺麗な瞳は、恐ろしい事をする時も同じ色を浮かべていることも。

でも。

でも、今は。

「……ご主人様……」

今、この瞬間は、本当に幸せだから。


****


「もしもし、お母さん?
 ……うん、うん。大丈夫、ありがとう。
 謝らなくていいよ。病院、忙しいんでしょう? わかってる。
 ……え? わかった、8時くらいね。お父さんも一緒なんだね。嬉しいな。
 待ってるから。

 今ね、……たくさん友達が来て、パーティをしてるの。
 すごく楽しくて、すごく嬉しい。
 今までで一番楽しいクリスマスじゃないかな。
 
 部屋も可愛く飾り付けてくれたんだよ。ツリーもあるの。
 お母さんたち、帰ってきたらびっくりすると思う。
 楽しみにしててね」

【終】
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(C)MARINE ENTERTAINMENT
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posted by こいこい担当A at 11:57| 企画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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